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ねぎとろ丼

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いねむり美鈴


   『いねむり美鈴』

 暖かい春の陽射し。紅魔館の門番を務めている、紅美鈴は口も隠さずに大きな欠伸をした。
 夜遅くまで内職をしていたわけではない。
 住み込み先である紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹君であるフランドールのお守りが忙しかったわけでもない。
 紅魔館の住民達は彼女に対して真面目な印象を持って居ない者ばかりであった。
 働きそのものに不満を漏らす者はあまり居ないが、レミリア側近にしてメイド長の十六夜咲夜はよく彼女に冷たく接したりした。
 理由は勤務態度の悪さ。美鈴は注意されれば相づちを打つものの、仕事中のいねむりをしなかった日はない。
 成果さえ出せていれば良いのか、館の主人自ら美鈴に勤務態度を改める様口を出すことは無い。

   ※ ※ ※

 最近人里で紅魔館にとっておもしろくない噂が流れていた。
 人里にいる、少数の妖怪退治屋が集まり、力を合わせて紅魔館を占領もしくは打ち壊しをしようと考えていると。
 普段から人里へ買出し等で出かけている咲夜はこの噂を耳にすると、真っ先に主人へ報告した。
 聡明なレミリアはすでにその噂を察知しており、主人の親友であり魔法使いであるパチュリー・ノーレッジと対抗策を考えていたという。
 具体的には館内に咲夜以外の人間を察知し、作動する魔法の罠を設置するというもの。
 館の住民は咲夜以外人間以外の者なので、そうすれば住民の誰かが罠にかかるということはない。
 咲夜自身で何か手伝えることはないかと考えるが、せいぜい館内の警備を強める程度のことしか思いつかなかった様だ。
 何より一番面倒なのは、吸血鬼レミリアはどうしてもというとき以外手を出さないという契約を結んでいるということ。
 この契約というものは彼女らをある程度抑えこむためにと、妖怪の賢者達が力ずくでレミリアに結ばせたというものなのだ。
 どうしてもというのは、言うまでもなく人間と戦闘せざるを得ない状況。
 だから「襲撃されるという話を聞いた」という理由で先制攻撃を仕掛けるのは、してはならないということである。
 噂を耳で聞いた咲夜は当然憤りを覚えたが、主人のことを考えて殴りかかることは出来ないのだ。
 第一暴れまわったところで、博麗の巫女というべらぼうに強い少女に懲らしめられるのでは、というのもある。
 とにかく紅魔館の住民達から手を出すことは殆ど無理な、受身の戦いを強いられるということだ。
 さすがの巫女も悪魔の館に攻め入った退治屋達が返り討ちにされた、となれば人間達には同情しないだろう。
 自業自得だと突っぱねて、何もしていない紅魔館に攻め入ったりはしない。
 故に今紅魔館が出来ることは防御面をいかに強化しておくか、というものが大事なのだ。
 そしてその防御というものの要になるのは、門番である。
 塀で囲まれた館に入る方法といえば、普通に考えれば正面に設けられた門しかない。
 常套手段として、この門を閉めて門周辺の警備をしっかりしておけばまず侵入されないはずである。
 塀をよじ登ればどこからでも入れるだろうが、門番がそれを察知すれば良いだけのこと。
 だが咲夜はそこに重大な問題があると常に主張していた。そう、美鈴のいねむり癖のことである。
 肝心の門番がそれではいざというとき頼りになるはずがないと、厳しく批判した。
 ただ咲夜は美鈴が拳法の達人であるということを忘れている様子だ。
 人間臭い仕草や性格からは想像出来ないが、彼女もれっきとした妖怪なのだ。
 人間を超越した肉体から繰り出される拳。人間を超越した寿命を費やして磨かれた蹴りの技。
 これらをよく覚えている者であれば、門番として優秀すぎると誰もが納得するだろう。

   ※ ※ ※

 例の噂が流れてから半年ほど経ったときのことだろうか。日曜日の昼間に紅魔館を目指す屈強な男達が居た。
 ある者は刀を差し、ある者は弓を背負い、ある者は槍を担ぎ、ある者は火筒を弄っていた。
 彼らの存在をいち早く察知したのはレミリアだった。他の者達は気づけなった。
 というのも、紅魔館を狙っているという噂を覚えている者が殆ど居ないのだ。
 そう、退治屋の者達は噂が漏れてしまっていることを知り、ほとぼりが冷めるのを待っていたのだ。
 彼らの姿が見えたころにはもうすぐ近くであり、今から慌てて門を固めても気休めにしかならないことは目に見えていた。
 しかも不味いことに、このとき咲夜は足を負傷していた。瀟洒を自負していた彼女が、数日前不注意で足をねんざしていたのだ。
 時間も最悪である。吸血鬼というのは日光を浴びれば死滅するのだから、外に出ることは難しい。
 咲夜が足を引きずってレミリアの部屋に駆け込んだときにはもうレミリアは目を覚ましていた。退治屋達の気配を察知していたのだろう。
 眠い目を擦って現状を報告する様咲夜に求めながら、パチュリーのところへ急ぐ。
 しかし肝心のパチュリーが安眠中であった。おそらく徹夜で魔法の研究でもしていたのだろう。
 魔女を叩き起こして館内に仕掛けた魔法の罠の起動を急かすが、パチュリーが起きる気配は無い。
 苛立ちを隠しきれない咲夜。足の怪我がなければ外に出て自分で追い払いに行くつもりなのだろう。
 太陽光を浴びると命に関わるレミリアは窓から外を見ることすら出来ない。だが男達が美鈴に話しかけているのはわかったらしい。
「おい、こいつ寝てるぞ」
 退治屋連中のうちの一人が刀を抜いて前に出た。美鈴は門の前で塀に身を預けていつものいねむり。
「今の内に殺してやろうぜ」
 槍を担いできた男は相手を侮った風なことを言い、矛先を彼女に向けた。
 だが弓を背負っていた男は美鈴を恐れていた。恐らくこの弓の男は免許皆伝を授かるような者なのだろう。
 強者にしか強者の迫力というものはわからない、ということだ。ましてや普段だらけている者となれば、なお更だ。
 あのとき気安く門番に話しかけるべきではなかった、と逃げ延びた退治屋の一人が語ったらしい。そう、彼らは正面突破なんてするべきじゃなかったのだ。
「こいつ今頃目覚ましたぜ」
 ようやく起きた美鈴は男達に驚き、目を見開いた。彼女の顎には涎が垂れた跡が残っており、とても間抜けに見えた。
「おい、選べ、門を開けるか斬られるか」
「あらあら、何かと思えば。そういうことですかぁー」
 刀を向けられているというのに、美鈴は物でも売ろうとごまをする問屋の主人みたいな笑顔を作った。
「何ならあんたのお嬢さんへ案内してもらおうか」
 槍を持った男は特に油断している様子。彼女の顔から一瞬笑顔が消えたかと思えば、拳を構えて忿怒の表情を浮き上がらせた。
「ここをどこだと思っている? レミリアお嬢様の居城なのよ」
 殺気を爆発させている。主人を狙っていると理解し、今こそ職務を全うすべきだと気を集中している。
 槍の男は腰を抜かすほど驚いており、迫力に圧倒されていた。
「ここを通りたければ私を倒してみろ、人間共め」
 遠くからその様子を見ていた咲夜も驚かされていた。離れていても「戦えば死ぬかもしれない」という恐怖を感じた程だった。
 開いた口が塞がらなくなった咲夜を見てレミリアは自室に戻り、眠る準備をした。この時点でレミリアは結末を察したらしい。
「かかって来ないのなら里へ帰れ。見逃してやる。だがそれ以上近づいてみろ、もの言わぬ肉塊にしてやる」
 いつものにこやかな彼女の言葉とは思えなかった。
 普段からへらへら笑ったりしている彼女の姿を知っているメイド妖精がこの場に居たら、逃げ出すかもしれない。
 それぐらい今の美鈴は普段との差が激しいと言える。彼女が妖怪であることを思い出させる様な恐怖をかもし出していた。
 刀を持った男が試しにと、前に出た。中段の構え。だが後ろ足が引けている。
「ここまで来て、引き下がれるか!」
 踏み込んだ。だが男の気持ちが前に行っていない。
 振り下ろしてきた刀を右手で叩き落とすと、左半身を踏み込ませて男のみぞおちに強烈な拳をねじこませた。
 男は吹き飛び、殴られたところを押さえて暴れまわった。かと思うと、そのまま沈黙してしまった。
「ち、ちくしょう!」
 槍の男が構えて腰をくねらせ、体のばねを利用した突きを繰り出した。
 美鈴にとっていねむりする暇がある程遅く感じたその攻撃を難なく避け、回し蹴りでやりの男の顎を砕く。
 残るは四人。刀を持った者が二人と、弓を持った者と銃を持った者。数では退治屋達がまだ勝っている。
 だが美鈴の動きを目の当たりにした退治屋達はすっかり萎えてしまった。
「どうしたの? もう来ないの? いっそ皆殺しにすれば、人肉の盛り合わせが夕食になるんだけど」
 美鈴は妖怪だ。人間を襲って食うことだって当然出来る。そして男達はそんなこと百も承知だった。
 残りの四人は動かなくなった二人を抱えて紅魔館を後にした。美鈴は汗一つかかずに侵入者達を撃退したのだった。
 館内に仕掛けられた魔法の罠にスイッチが入れられたのは、その直後だった。

   ※ ※ ※

 翌日。咲夜は美鈴に謝罪した。見くびっていた、と。
 美鈴は特に気にする素振りもせず「別に良いんですよぉ」といつもの笑顔を見せてそう返した。
 レミリアは美鈴の腕前を十分知っているし、忘れたことはない。
 だからあのとき何の苦労もせず侵入者を追い払ってくれると信じていたのだ。
 館内にいるメイド妖精達は何があったのかわかっていなかったが、とりあえずで美鈴を褒める者ばかりだった。
 と、いう具合に美鈴を再評価する者ばかりであったが一月、二月と過ぎていけば彼女の腕前を忘れる者ばかりになっていく。
 おまけに美鈴のいねむり癖は全く治っていないので、またしても軽々しく見られがちな日常に戻った。
 相変わらず咲夜に叱られたりするものの、レミリアは働きぶりを理解しているので、好きなだけいねむりさせてやれば良いと咲夜をたしなめた。

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